おやぽん、ありがとう。

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そんな兄弟の要であるおやじの左足に
しこりを見つけたのは、
去年の3月のことでした。

リンパ腫でした。

おやじは17歳でした。

リンパ腫という病気の予後を知るだけに、
そんな・・・何故、おやじに・・・と、
目の前が真っ暗でした。
誰の声も耳に入らなかった。

でも、泣いてはいられない、
一緒に闘っていかないと…

思い直して、
家族で話し合い、
おやじにとって嫌な思いは
最小限にしようと決め、
1回だけと決めて、手術でその腫瘤を摘出して、
COPという抗がん剤治療も試みましたが、
残念ながら、おやじの場合、
COPを行うとてきめんに食欲が無くなってしまい、
続けるのは無理でした。
副作用の弱い抗がん剤で
何とか大きくなるのを遅らせるようにしました。

おやじが幸せか?

それを一番に考えて、節目節目で
いろんな選択をしてきました。

だんだん迎えに出てこれなくなり、
高い所に登れなくなり、
寝ていることが多くなり、
私が帰ってきても、
「おやぽん」と呼ばれて
初めて気づく・・・
そんな風になってきていました。

ベランダの見張り台に載せてやると、
嬉しそうに一生懸命外を眺めていたなぁ。

腫瘍は再発し、
すぐ出血するので、
感染を防ぐため、
ほぼ毎日ガ-ゼ交換をしました。
三男が抱っこしてくれて、
「おやぽん、大丈夫やでぇ-、すぐ終わるでぇ-」
と声をかけてくれていました。

おやじは、気分のいい時は、後ろ足を抱えて寝ます。
包帯交換の後、こんな風に寝てくれていると、
あぁ、嫌なことしたけど、
怒ってないんやなぁ・・・と、少しホッとしたりして・・・。

腫瘍は徐々に増大してきて、出血もしやすく、
腫瘍に栄養を取られて、痩せてきました。
点滴も段々と増え、2日に1回はしていました。

それでもおやじは食べていました!
量は減ってきていましたが、
毎日足を引きずりながらも歩いてきて、
ごはんをねだるように私の顔をじっと見上げ、
入れてやると大きな口を開けて食べてくれていました。

まるで、「心配しぃなや、大丈夫やから」
と言ってくれているようでした。
「癌と一緒に生きているんやで!」
「それもおれの人生や」と言っているかのようでした。
病気になっても
私を元気づけ、包み込んでくれているような
そんな気持ちにさえなりました。

不思議なもので、
おやじがミ-ミ-にしていたように、
一八もおやじが食べ終わるのを待って食べ始めます。
おやじに場所を譲り、何となく気にしています。

ひねもすのたりのたりかな・・・が似合うおやじを
最後までそんな風に暮らさせてやること。
それだけを考えてずっとやって来ました。
この1年半、それだけを願い、
おやじの日々の様子に一喜一憂してきました。

やせて、足の踏ん張りが利かないのに、
近くに浅いトイレを作ってやっても、
いつものところへ行こうと頑張ってしまう、
本当に強くてけなげなやつでした。

夏は越せないかなと覚悟していたおやじが、
9月に入っても少しずつではありますが食べていました。
ただ、おしっこは、だんだんと
間に合わずにもらすことも多くなり、
寝床のまわり一面に、
のんちゃんのお姉さんに頂いた
強力なおしっこ吸収シ-トを敷き
(ありがとうございました。本当に重宝いたしました。)、
おしっこで濡れて体が冷えたり、
皮膚が荒れたりしないよう、
何回も拭いてやりました。

そうやっておやじの世話をしてやれることが、
私にはこの上ない幸せで、
痩せた体も、こけた頬も、艶を失った毛並みも、
全て愛おしくてたまらなかった。
ただ、あちこちに増えてきた腫瘍だけが
いまいましかった。
それでもおやじは、
あごを撫でて「おやじ」と呼んでやると、
目を細めてグルグルいい、
・・・幸せそうでした。

そして・・・

2011年9月10日の朝、
おやじは静かに逝きました。

前日の夜中まで、食べていたんですよ。
すごい子です。

私は・・・やれるだけやった、
おやじは・・・与えられた生を全うした・・
そう思えることは幸せだと
思っています。。

おやぽん、今まで本当にありがとう。
おやじのおかげで、私はどんなに救われ、
明日もガンバロ-って思えたか・・・
笑わせてくれて、ホッとさせてくれて、
そして泣かせてくれて・・・
でも、おやぽんに腹の立ったことは
ただの一度もなかったなぁ…

大好きやった。本当にありがとう。

これを読んでくださっている皆さんが
同じ思いをされたときに、
ほんの少しでも
励みになればと思い、
個人的なことですが、
書かせて頂きました。

津村

4 Comments

  • mmmm

    先生もこんなに最近に大切な家族を見送られたんですね・・ 昨年夏、あの子を見送ったことを思い出しました。 毎日治療に往診してくださった日々を思い出しました。 その後迎えた子を抱っこしながら 時折、あの頃を思い出し、ちゃんと最期まで見守ってやらないとという思いと ツライ思いはしたくないという気持ちの間で揺れています。 
    最期を見守ってやるのがツライなら 一緒にすごさなければいいのかな・・と思うこともありますが それ以上にあの子たちからもらえる幸せな日々が大切やから こうして一緒に暮らしているんでしょうね。 

  • 津村泰子

    温かいメッセ-ジありがとうございます。
    今でもおやぽんの眼差しを思い出しては涙しています。
    mmmmさんのお気持ちもきっと同じですね。。。

    おやぽんは、私にいっぱい幸せをくれました。
    最期まで見守ってやれることも家族にとっては幸せなことなのだなと思いました。命に代えて、私たちに幸せをくれたんだと思います。

    身体はいつか老いて、別れが来るけど、一緒に過ごした日々は消えません。気づいたら、うちのスタッフたちに、おやぽんはこうやった、ああやった…と話している親ばかな私は幸せ者です。

    mmmmさんもきっとそうでしょうね。

    津村泰子

  • 森本 

    いつもお世話になっています。
    森本です。

    大変 遅くなりましたが

    まずは おやぽんちゃんの
    ご冥福をお祈り申し上げます。。

    今日 チェリーとメアリーの注射で伺った時
    先生からおやぽんちゃんの
    様子を聞いてビックリしました。

    うちもりっちゃんがおやぽんちゃんと同じ
    《悪性リンパ腫》で4月から8月まで
    癌と闘ってきました。

    見ている側よりも病気を患っている
    おやぽんちゃんやりっちゃんの方が
    しんどいのに 辛いのに・・・

    ちゃんと帰りを待っていてくれたり
    愛想ふって笑ってくれたり・・・

    人間サイズでも闘っていくのは大変な病魔なのに
    わんちゃん 猫ちゃんの小さな小さな体で
    おやぽんちゃんもりっちゃんも
    本当に良く闘ってくれましたよね。

    今は 

    お疲れさま

    頑張ってくれて ありがとう

    いっぱい支えてくれて ありがとう

    うちの子になってくれて ありがとう

    そして

    たくさんの幸せな時間を

    ありがとう。。。

    この気持ちでいっぱいです。

    先生のとこにも まだねこちゃん居ますし
    うちも娘が3人?居ます。

    チェリー メアリー みぃこ

    まだまだお世話にあること
    たくさんあると思います。

    これからも よろしくお願いいます。。m(__)m

    まだまだお辛いと思います。

    お体 ご自愛ください。。

    遅い 書き込みで 失礼しました。

  • 津村泰子

    温かいメッセ-ジありがとうございます。

    ずっとおやぽんのことを気にして下さっていて、
    診察の時、とても聞きにくそうに「どうですか?」と聞いて下さって…

    亡くなったことをお話しすると、
    みるみる目から涙を流して下さって…

    本当にありがとうございます。
    お気持ちが胸に沁みました。

    森本さんもつらい思いされたから…
    おやぽんのこともずっと応援、心配して下さっていたんですね。

    森本さんのおっしゃるように
    やっぱり、一番頑張ってくれたのは、
    りっちゃんであり、おやぽんなんですよね。

    動物たちって、ちっちゃいのに、強くて、心が大きくて、優しくて…

    人間も頑張らなきゃなあ~と思いますよね。

    3人のかしまし娘たち(古い!)のために
    これからも頑張ってくださいね!

    津村泰子

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